舐達磨といえば、埼玉県熊谷市を本拠地として活動する今話題の3人組ヒップホップクルー。イリーガルなライフスタイルを等身大のまま表現するリリックに、魅了される若者が続出しています。2018年の年末ごろから徐々に脚光を浴び始め、2019年には2ndアルバム「GODBREATH BUDDHACESS」をリリースし、大ブレイクしました。
今回の記事では、その舐達磨が所属しているグループ「APHRODITE GANG」の公式YouTubeに上がっていたライブ映像のMCが心に響いたので、紹介したいと思います。
自分なりの言葉にまとめようと思ったのですが、ありのまま書いたほうが皆さんに伝わるかと思ったので、文字起こしとして記します。
賽a.k.a.BADSAIKUSHのライブMC
俺は、いつもリリックを書くときに大麻を吸うんだけど、それは俺がラッパーだから、ドラッグを摂取して曲を作ってパーティーをするとか、そういう話じゃなくて、俺は純粋に大麻という植物が好きだし、歌詞を書くという行為が好きだから、それを一緒にやる。
で、それを続けていて思ったことは、自分の精神状態がどんな状況にあろうが、それを何かに映し出す行為が芸術なんだと思う。俺は歌詞を書くという行為だけど。
それをさらに続けて俺が思ったのは、この行為は、芸術をするという行為は、全人類がしたほうがいいと思う。
それは、俺は何回も言うけど、歌詞を書くこと。だけど、小説を書くとか、絵を描くとか、映画を作るとか、まあ、すげえ変な話、地面に絵を描くとか。何でも、誰でも、0円で簡単にできるし。
なぜそれをみんなやったほうがいい思うかというと、生きてると、楽しいこととか幸せなことばっかりだったらそれでいいけど、むかついたり、誰かねたんだりひがんだり、自分が悪いかもしれないし、相手が悪いかもしれないし、まあ、そいういうのは関係ないけど、本当に、殺してやりたいっていう気持ちになることもあると思う。
そういう気持ちを、もし自分の中だけで消化することができたら、それに越したことはないと思う。人と関わっていく中で、そういうネガティブな気持ちを持ったまま接してもいいことなんてないし。
だけど、それを続けて自分がいくことによって、周りの人間関係がどうとかじゃなくて、ま、絵でもなんでもいいんだけど、自分が真剣に向き合うことによって、それはどんどん成長していくと思う。
その成長していくものを観て、絶対、自分の自信になるし、自分のその、間違ったものを消化する段階で、正しいことと間違っていることを投影する段階で、
……なんだっけ(笑)
(DELTA9KID)評価されていけば?
人にも評価されるし、されないかもしれないし、自分の嫌な部分を消化するために作ったこいつが、誰かほかの人に評価されたとき、それはすげえ最高な気分。
満足はしてねえけど(笑)
(ここでライブMC終了)
間違ってることを正しいと歌わない俺は
飽きことなく吐き出す言葉
俺は信じてる、いつ起きることが
ほどほどのルーツなら捨てちまえ、
自分で選んだ道で花咲かせ、
APHRODITE GANG,Hot Town Represen
別に悪いことしてねえからよ(笑)
(FLOATIN’イントロ~)
https://www.youtube.com/watch?v=SM5MP-7sAXc
BADSAIKUSHの言葉を、私はこのように解釈しました。
人間、生きていると、良いことも悪いことも起きる。
その中で、ネガティブな感情が溜まることもある。
それを溜め込んだまま生きて人と接しても、いいことなんてない。
芸術は、その感情を吐き出す受け皿になってくれる。
詩を綴ったり、絵を描いたり、どんな創作活動だって芸術のひとつ。
その活動を続けていくと、自分が生み出したものが成長していく姿が見られる。
その成長を見られれば、必ず自信になる。
そして、それが他人に評価されたとき、自分のネガティブな感情を吐き出して創り出した作品が他人に評価されたとき、最高に気持ちがいい。
だから、みんな芸術をやったほうがいい。
言い換えただけのような解釈になってしまいましたが、私はこのように感じました。
たまに、ブログを書いて意味があるんだろうか?と思うことがあります。媒体を変えながらも6年ほど続けていますが、別に仕事というわけではなく、ほとんどお金も発生していません。お金のために書こうと思ったこともありますが、ブログのマネタイズはそう簡単ではなく、私にはできませんでした。また、お金をモチベーションにしようと思うと、お金が集まるようにブログを書かなくてはならず、それが私にとって苦痛でした。
BADSAIKUSHのライブMCを聞いて、この疑問の答えが見えたような気がします。
私がブログを書く理由は、溜まったネガティブな感情を吐き出すためなのかもしれません。私の場合、ブログに直接吐き出しているのではなく、”文字を綴ること”そのものを吐き出す行為としているように思います。
自分が感じたことや思ったことを、言葉にし文章を作ること。この行為そのものが、私にとっての芸術なのかもしれないですね。
芸術と表現したものの、高尚な行為ではなく、BADSAIKUSHの言う通り、誰でも0円でできることです。ほとんどの場合でお金にもならないでしょう。人によっては時間の無駄と思っても不思議ではありません。
それでも、同じようにブログを書く人がたくさんいます。それは、私のようにこの行為がネガティブな感情を吐き出す受け皿となってくれていると思う人間が、たくさんいるからなのかもしれません。